アメリカのインサイダー取引に関するルールは判例に基づくものです。日本の場合、金商法に詳細な規定がありますが、アメリカでは判例法が規律しています。

米国ロースクールではいろいろな判例法を読まされ、歴史を踏まえつつ勉強させられるのですが、ソクラテス・メソッドと相まってよくわからないまま終了ということになりがちなのではないかと思います。

というわけで、米国インサイダー取引ルールを、極めてざっくりと、わかりやすい形でまとめてみます。

1.2つのアプローチ

インサイダー取引は何が悪いかという観点から、判例法上以下の2つのアプローチが取られています。
  • Classical Theory
  • Misappropriation Theory
歴史的には、Classical Theoryがあり、その後Misappropriation Theoryが採用されたという経緯がありますが、これら2つは、相反するものではなく、どちらも判例法有効なルールと理解されています。

2.Classical Theory

これは、 インサイダー取引は、発行者の株主に対する裏切り行為だということに着目している理論です。

例えば、ある会社が画期的な合併を行うことを決定し、その事実が非公表にもかかわらず、取締役が株を買ってしまった場合、この理論が当てはまります。

取締役は、株価が上昇するような情報を持ったまま、既存株主から安値(=ポジティブな情報が反映されない価格)で株を購入したことになります。これは、既存株主に対する裏切りにほかならないので、インサイダー取引に該当します。

このClassical Theoryは、基本的に会社内部者の取引が問題となりますが、判例によって情報受領者(tippee)も補足されるとしています。

金商法166条の内部者取引規制と似たような構造ですね。

3.Misappropriate Theory

Classical Theoryでは、発行者の内部情報と関係ない重要情報について補足することができません。

たとえば、非公表の公開買付情報を知って取引しても、発行者の株主に対する裏切りにはなりません。

そこで導入されたのがMisappropriate Theoryです。情報のソースに対する裏切り行為であるということに着目する理論です。

例えば、ある者から「秘密だよ」と言って近い将来の公開買付情報を教えてもらった者が、その情報を利用して取引をして儲けたら、当該情報提供者に対する裏切りとなります。

これは金商法167条と似たような構造ですが、「情報提供者に対する裏切り」がなければOKという議論が可能なので、範囲には有意的な違いがあると思います。

 4.日米の違い

日本では、制定法に該当するかどうかだけ重要で、なぜインサイダー取引違反が悪いのかについては明確にされていません。議論はいろいろあります。

個人的な感覚でいうと、日本の規制又はその執行は「重要情報を隠して行う取引は市場(というか相手方)に対する裏切りである」という思いがありそうに感じますが、アメリカの場合は上記のような理論なので、日本とは異なります。

アメリカでは、「市場(というか相手方)に対する裏切り」というのは、詐欺(Fraud)の問題として捉えられるのだと思います。

というわけで、発想も、実際に規制される範囲も、だいぶ違います。他の部分ではアメリカの証券法・取引所法と日本の金商法はかなりの部分で似ていますが、この違いは別世界といってもいいほど大きいのではないかと思います。

アメリカの人と話をする際には、同じことを話しているつもりで、全然噛み合っていないという事態が発生する可能性があるので、注意しましょう。